厚生労働副大臣室で、いさ子夫人と
  父が脳梗塞で倒れたのは72歳の時でしたが、それから90歳で亡くなるまでの18年間、父の介護に携わりました。左半身が麻痺し、不自由な身体となった父に、少しでも元気を取り戻して欲しい。しかし、家族介護では限界があります、リハビリや回復治療ではなく病気治療を目的とする病院からは入退院を余儀なくされました。家族の願う治療を求め病院を転々としましたが、最終的には、理解ある病院に巡り合うことができました。
  衆議院議員となっていた私は、初当選以来、厚生労働行政に取り組んでいましたので、介護保険の創設には現場の声を届けることもできました。国民の目線に立った活動に評価をいただき衆議院厚生委員長、厚生労働副大臣などの要職も務めさせていただきました。
  しかし、平成12年に創設された介護保険制度は、介護を必要とする高齢者の日常生活を支える制度として大きな成果を挙げてきた一方、制度が定着してきたことに伴って、軽度の要介護の人々の増加、在宅介護と施設介護の問題等が明らかになってきました。
  また、国民皆保険のもと、誰もが安心して医療を受けることができる現行の医療制度も、急速な少子高齢化、経済の低成長化など、大きな環境変化に直面しています。この国民皆保険を堅持し、医療制度を将来にわたり持続可能なものとしていくためには、医療制度改革が叫ばれていますが、どうも財政問題だけに力点がおかれ、現場感覚に欠ける面があるように思われてなりません。
  当初、介護保険導入の議論が始まったときに一番懸念されていたのは、「保険あってサービスなし」ではないかということでした。そのため、高齢者のさまざまな要望に応えられるように、不必要と思われるものまでがサービスに含まれてしまったのです。その結果、保険料も上げざるを得ない状況に陥りました。せっかく定着してきた介護保険制度を長く存続させていくためには、本当に必要なサービスのみ絞って提供すればよいのではないでしょうか。
  また、要介護の低い人は、簡単な筋肉トレーニングをすることによって身体の機能が改善される可能性があります。これはご本人の自覚の問題と言えましょう。
  こうして実際の運用によって明らかになった改正点をまとめ、昨年6月、制度の持続可能性を確保するため、介護予防の推進、施設入居者に対するホテルコスト、つまり居住費や食費などの利用者負担などを内容とする介護保険制度改革のための法律案が成立しました。
  ただ、介護を受ける側のことばかりを考え、対応しているのでは、この制度は維持できません。と言うのは、これから益々、少子高齢化が進んだ社会になっていきます。そんな状況の中で介護する側のマンパワーをどう確保するかが、特に大きな課題となってきました。ヘルパーさんや現場で働く方々の問題点、その中でも腰痛問題が、いまや深刻になってきているのです。よく、幼稚園の先生や保育園の保母さんが腰痛になって辞めるという話を聞きますが、確かに介護も重労働です。私は一昨年の夏、国内の施設を見て回ったとき、初めて気付いたのですが、介護保険ができてから、まだ数年しか経っていないためでしょうか、従事されている方は若者がとても多いのです。しかし話を聞くと、そんな若い人が多いのにも拘らず、腰痛問題で辞めてしまう方が多いということでした。しかし、自宅で介護している家族には、逃げ場がありません。
ドイツ連邦共和国連邦議会労働・社会委員会と懇談 (1996年5月)
  同じ年、福祉関係の視察のため、イギリス、フランスに訪れました。すると施設職員の八割が外国人労働者で占められており、その受け入れが無くては、やっていけないという現状を目の当たりにしたのです。それまで、私は日本の治安を考えるとき、外国人労働者に対して否定的に思っていたのですが、これからの日本の少子高齢化の実情、所謂3K職場における若者の勤労意欲などを考えますと、新たなる外国人人材交流も選択できるような法整備や社会環境を作っていくことの大切さを痛感しました。
  フィリピンでは、海外雇用庁という役所があって、海外向けの労働者の送り出しを国の事業として行っています。送る側の体制に頼るだけでなく、受け入れる側の我が国も確りした体制を整えれば、円滑に進むのではないでしょうか。今後は外国人人材交流基本法などを制定して、問題点が生じても、きちんとした解決策が図られるよう、よりよい方向に向けて努力していくことが大切だと思っています。

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